愛知の隠居

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新 独り言 - 愛知の隠居

2017/11/19 (Sun) 14:16:25

(1067)旧3A同窓会
 昨晩恒例の3Aクラス会に招待されました。毎年この時期で今回は13名集まりました。大体出席者は毎回決まっています。来年には還暦を迎えるメンバーです。このクラス会で結ばれた夫婦が今回の幹事でした。多感な中学時代を想起して賑やかなひと時でした。私は暴力をあまりしてなかったが、「階段を下りたとき一発くらった」とS君は言っていたが記憶がない。バスケであまり出番がなかった子が欠かさず出席、レギュラーで近くに住むも顔が出さない子様々。息子にまだ嫁がない、娘がまだ家にいると嘆く教え子。それぞれ人生の荒波を乗り越えています。来月3日に隔年ごとにある立田中第11回(昭和33年卒)の一泊の同窓会があります。多分教師は私独りだと思います。私にとって最初の中学の卒業生、20歳台からずっと続いています。午後出発翌朝解散、近くの保養場今回は何人集まるだろうか。ところで昨今の中学卒業生らは学年同窓会なんてやっているだろか?

新 独り言 - 愛知の隠居

2017/11/18 (Sat) 11:10:25

(1066)おたんじょうび おめでとう
 さきほど娘夫婦が孫二人を連れてわが家にやってきた。隣りに住む息子夫婦が土曜日なのに勤務があったようで、子守りがてらに町に出てきた。滅多に来たことが無い曾孫たちが大きな声で挨拶して入ってきた。長男は5歳長女は3歳かな、部屋に入るとそれぞれ用紙を。男の子は「お誕生日おめでとう・・・・」と「大きいじいちゃんの顔」の絵を、女の子はねずみ?ねこ?魚の骨?(娘の解説付き)の絵を。
 49日の法要にきていたので慣れていたのか、二人は狭い6畳の部屋を飛び回ってはらはらする。月見障子で下半分がガラスばりなので心配。ほんのたまにしか会っていないが会う度に生長が窺われる。
 我が子の成長さえ見届けられない方、孫の顔も見られない人も多い中、曾孫と会え「大きい爺ちゃん」と呼ばれる幸せを神仏に感謝している。せめて家内も孫達の結婚式だけでも見れたらな・・・。部屋にかがげた遺影が曾孫達をみている。
 MIRを撮っても原因は不明、泌尿科でエコーで調べても分からない。90歳に近い人体何かあっても当たり前、少し前ある医師に「後が無い」と言われたのには納得。多少の異常はあるがともあれ少々なら動ける、我が5体に常に感謝し時を大切に、ほんの少しでもお役に立つことを念願しつつ、今を生きたい。

温故 - 愛知の隠居

2017/11/15 (Wed) 09:04:21

(41)今を去る67年前ごろ
{鉄平は素早く成分データーに目を通し、「これでよし出鋼だ!」出鋼のサインを出すと、直径六メートルの巨大な取鍋がクレーンで電気炉の前に寄せられ、高温のため白光を放っている溶鋼を受けた。その後、一旦、脱ガス槽に入れられてから、電気炉の横にずらりとならべられている鋳型のところまで動かされて行った。そしてここで鋳型への注ぎ込みが始まると、一瞬、目を射るようなオレンジ・レッド゙の強烈な光と凄じい熱が放射され、作業員たちは熱風に顔を紅らませ、汗を滴らせた。}
 この一文は今読み始めた山崎豊子の「華麗なる一族」(一)P95の抜粋である。私は67年前昭和22年(1950)頃は大同製鋼KKの技術員だった。今は大同特殊鋼と改名。旧制中学は1年短縮4年で卒業。戦後再開された専門技術者養成所が再開され、7期生として17名入所。(月給が貰え就職は決定)同級生10数名応募したが運よく私だけ合格。書類審査と学校長の推薦文だけ。かなり応募者があったようだ。(養成期間3年が不況で1年有余短縮)私を含め3名が発祥の熱田工場に配属。私だけはなぜか鋳造、検査、機械,製鋼と短期間で異動。
 永年小説を読んでいたが電気炉の情景を描いた文章に出会ったことがなかった。今回上記の抜粋を読んであの頃の現場の情景が思い出された。喫煙もしていたが胸に短い煙管(きせる)を差し腰に印籠みたいなケースに刻みたばこをいれ、工場内を歩いていた。あまり仕事はなく見習い状態。電気炉から湯が出るときは凄い熱気で、離れていても眼鏡まで熱くなった。当時は社員と工員と区別されていた。入社したとき先輩たちが歓迎会をしてくれたが当時は清酒はなく”どぶろく” ( 発酵させただけの白く濁った酒。もろみ酒、濁り酒)だった。女性のスカートはロングが流行していた。女工の人たちは終業時間が近づくと工場の隅の方で着替えたり化粧したりしていた。終日喧騒の中で過ごした。復興ままならず熱田工場閉鎖、星崎工場異動の知らせに、見切りをつけて退社。数年して朝鮮戦争始まり日本の景気は上昇した。
 「華麗なる一族」さてこれからどんな展開をするか楽しみだが、最近長時間読書すると目が痛んで困っている。渇き目だろう。

新 独り言 - 愛知の隠居

2017/11/10 (Fri) 12:03:24

(1065)11月11日
 どこかの国ではこの日が独身の日という。なるほど1/1/1/1/だから。かくいう私も現在独身中。後3週間ほどで90歳一つ前になる。実はこの日は結婚記念日だ。毎年今頃は年賀状を刷って余白に何か一言書いていた。毎日10通ぐらいずつ。今年は喪中の葉書を今月初めに投函した。最近5通返送されてきた。「宛名不完全で配達できません」の朱印が捺されたのや「該当町名がありません」の付箋がついたもの。毎年賀状を出しているが戻ってきたことがなかったが。どうも番地まで正確に書かないとダメなようだ。年賀状の場合は早めに投函しているのでよかったのかも。
 娘の家の裏に教え子で元教師の家がある。ここの地区はわずか10軒ほどの部落である。もう何十年と賀状のやり取りをしているが、今回のように返送されたのは初めて。局の機械のせいか配達人のせいか。勿論番地を抜かしたこちらが悪いが。
 日課になっている図書館通いが図書整理のため6日から17日まで休館。これは淋しい。加えて月曜日ミニの自主練習、学校行事で使えないので中止中。もう3週にわたる。

新 独り言 - 愛知の隠居

2017/11/07 (Tue) 17:44:55

(1064)MIR??
 先週薬をもらいに内科医に。左足にある異常が、「整形外科へ行くとよい、紹介状を書きます」と。泌尿科じゃないかなと思いつ翌朝市民病院へ。そして今日11時半の予約で行く。娘の都合で11時10分ぐらいに到着受付へ。すぐに呼ばれ検査、結果を聞きに診察室へ。3ケ所部屋があるが待つ人無し、先週は独り?こんなに少ないの。そういえば以前来たとき内科など一杯だったが心なしかやや少ない感じ?(もしかして紹介状がないと何千円かとられるためか)ともあれすぐに呼び出された。入る早々若い医師が、「88歳にしてはきれいな骨格ですよ。該当する異常はありません」画面には腰の部分が出ている。泌尿科関係ではないかと尋ねたら、それは無いだろうと。3年前右足のことでMIR,若い女医さんだったが「お年の割にきれいです、異常ありません」でも異常は今でも。医者が言うのだからまあ信じよう。
 自動支払機で診察券を何度も入れても戻ってくる。娘がもう玄関に来ているようだから焦って何度も試みる。突然「先生」って声がする。中学最初の1年生で担任したH君。車いすに乗っている。奥さんも教え子。彼は苺を永年届けてくれた。病んでいるとの噂は聞いていたが、まさか車いす生活とは。教え子達が後期高齢者に続々なっていく。少々あちこち異常?があっても、どうにか動けるだけでも喜ばねばと思う。

新 独り言 - 愛知の隠居

2017/11/07 (Tue) 09:22:26

(1063)時の流れは加速的に
 たまたま元藤浪中のコーチの山本さんのフェイスブックを開いたら、小さな女子選手のの写真があった。クリックしたら大きな動画画面が表れた。青山学院大学の新人戦の画面女性の監督さんが「2年生の山本が得点王ということで最高の成績がおさめられた・・・」あの小さい写真は山本加奈子さんだったのだ。もう青山学院の2年生、活躍しているな、大写しに本人が出ていたが大変美人になっていた。妹(桜花)と共に大活躍。
 ついでに大學女子関東大会で検索。どれにしようかとたまたま筑波ー順天堂大学を選んだ。スタート選手の紹介で筑波で16番タカスギマコ、順天堂で12番フタワタリコトネ
と聞こえた。二渡琴音って藤浪の子、筑波へ進学したの。彼女高校で大怪我をしたと聞いていた。加奈子さんと同級生。筑波のタカスギマコはあの若水で日本一なった高杉麻子さんなんだろう。私はあまり部員の卒業後の消息は聞いていない。
 まだこの間中学へ入学したばかりと思っていたらはや大学生。一番早く名前を覚えた逢坂さんはすでにいお母さん、時の流れは次第にスピードアップしていく。

新 独り言 - 愛知の隠居

2017/11/04 (Sat) 11:03:19

(1062)人生花づくし
親の教えは 菊のはな      悪に染まれば     くずのはな
人の悪くち   くちなしで      愚痴とまやかし なしのはな 
頭は垂れて   ふじのはな      笑顔あかるく     ひまわりで
愛をはぐくむ  ばらのはな      心きよらか      しらゆりで 
香りも高き   うめのはな      迷いの綱は きりしまで   
罪と障りは   けしのはな      失意の胸は      なでしこで  
世は移ろいで  あじさいの      翳り背負いて     ゆうすげで 
月日は早く   たちばなで      年もつもれば     こけのはな
恍惚きざせば  ぼけのはな      露よりもろき     あさがおで  
行者の照明   つげのはな      散り際さやか     さくらばな
先は浄土の   はすのはな
(なかなか面白い花づくしですね)
 昨日12時発老人風呂へとぼとぼと。この時間帯は空いている。玄関まで来たら「本日休館」の札が???「今日は月曜日の休みでない、どうしてかな」しばし立ちすくむ。「あっ、祭日だったな」すごすごと家路に。確か昔天長節といったな、今日は文化の日だ。実は天長節の意味はよく知らなかった。文化の日の謂われも知らない。検索した、天長節は明治天皇の誕生日、文化の日は日本憲法発布の日だと。それにしても老人風呂にくる常連の人がかなり減ってきている。さてどうしてだろう?

新 独り言 - 愛知の隠居

2017/11/01 (Wed) 11:22:19

(1061) 18歳と81歳の違い
 昨夕Sヘルパーさんがお勝手に入られた時「先生こんな愉快なプリントがあるよ」と2枚のコピー用紙を出された。とても痛快な中身なのでご存じの方があるかも知れないが披露します。
18歳と81歳の違い
●道路を暴走するのが18歳  逆送するのが81歳
●心がもろいのが18歳 骨がもろいのが81歳
●偏差値が気になるのが18歳 血糖値が気になるのが81歳
●受験戦争を戦っているのが18歳 アメリカと戦ったのが81歳
●恋に溺れるのが18歳 風呂で溺れるのが81歳 
●まだ何も知らないのが18歳 もう何も覚えていないのが81歳
●東京オリンピックに出たいと思うのが18歳 東京オリンピックまで生きたいと思うの が81歳
●自分探しの旅をしているのが18歳 出かけたまま分からなくなって皆が探しているの が81歳
●「嵐」というと松本潤を思い出すのが18歳 鞍馬天狗の嵐寛寿郎を思い出すのが81歳
 Sヘルパーさんは週1回ですがとても料理が手早く、そして話し上手である。日々無聊で日本語も使えない隠居に、何かいつも話題を持ってこられる。実にありがたい存在で来訪を楽しみにしている。後1枚は次回に紹介します。

トレーニングマッチ - 愛知の隠居

2017/10/30 (Mon) 15:40:12

豊田通商カップ                     2018 全国選抜中学生トレ-ニングマッチ

<目的> ジュニア育成のためバスケットボ-ル実践の機会を与え、技能の向上と心身の高揚と
指導者の資質の向上を目指し、バスケットを愛する指導者と選手の交流・親睦を図る。 
<主催> 愛知バスケットボ-ルジュニア実行委員会  
<後援> 津島市バスケットボ-ル連盟  
<特別協賛> 豊田通商株式会社 
<期日> 平成30年2月3日(土)・4日(日)
<会場> 弥富市立弥富北中学校                    
<参加チ-ム> 全12チ-ム                            
     [東海ブロック]  ・弥富北・応時・岐阜選抜・海部津島選抜     
     [北海道ブロック] ・北星学園
     [関東ブロック]  ・八王子(東京)・志茂田(東京)                       
               ・日体桜花(東京)・ミニドックス(神奈川) 
[近畿ブロック]  ・滋賀選抜  
[中国ブロック]  ・山口選抜   
[九州ブロック]  ・安慶田(沖縄)   
<試合方式>

温故 - 愛知の隠居

2017/10/30 (Mon) 12:09:40

(40)海軍大将
 別の日にいま一人大将の方が講堂で講演された。山本英輔海軍大将だった。検索してみた。
【山本英輔】
海軍大将。海兵24期・海大5期。山本権兵衛元首相の甥。日本海軍に「飛行機」をもたらし山本五十六を航空に目覚めさした師匠的存在。しかし、二二六事件に於いて反乱軍に同調したため予備役。戦時中は戦争終結を高松宮に訴えた。

戦意高揚の話だったと思う。ただ一つ印象的にいまだ覚えている話がある。
{日本海海戦で 連合艦隊司令長官 東郷平八郎大将は、バルチック艦隊を撃破した。これは参謀が戦法をいくら考えても良い方法が編み出せなかった。困り果てていた時突然手が動き出した。自動書記である。出来上がった作戦図を見て驚いた。そしてそれに従って戦い世界の海戦史上未曽有の大勝利を得た。}
 自動書記とはその言葉を理解した中学生はすくなかったと思う。私はそれ以前より宗教関係に関心を持っていたので理解できた。自動書記とは霊的なものが下りて、勝手に手が動き文章などを記すこと。自動筆記(Automatism)と言われる憑依現象。宗教の教祖などにその例がある。そのときの参謀長は秋山真之。
 大将と言えば軍の最高に近い位階(その上に元帥がある)私達の近くに(他の地区)大角岑生海軍大将がいた。彼は小さな村の小学校出身でほかに6名の将官(中将・少将)が卒業していた。私たちが行軍でその学校を訪れたとき7名の写真が掲載されていた。これは当時凄いことで私たちの町では一人も将官はいなく、隣村に少将の方が一人おられたぐらい。


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